花魁の髪飾りとは

【読み:おいらんのかみかざり】

花魁の髪飾りは目立つことを念頭に置いた大振りなものが多くあります。 簪(かんざし)は前髪用、後ろ髪用があり、それぞれ数本ずつ挿しました。(江戸時代に花魁道中を描いた絵図によると、前挿し6本、後ろ挿し8本にした姿が見られます。)その他にも多玉簪とビラ簪を2本ずつ挿し、それに大き目の櫛と笄(こうがい)も挿しました。 横兵庫、丸髷、天神髷、島田髷などの結い方の種類がある大きな髷(まげ)には、組紐、手絡(てがら)またはちんころと呼ばれる総絞りの髪飾りを巻きつけて飾ります。 結い上げた鬢(びん)は鯨のひげか鼈甲の髪さしという細い棒を入れて、張るようにして結い上げられた灯籠鬢と呼ばれる独特の形をしていました。 いずれも美しさや豪華さを表現するための仕掛けでした。

時代的に見ると、吉原の遊女も江戸初期には髪に飾る装飾品が少なめでしたが、髷を結い、櫛を用いるようになり、次第に華やいだ姿になっていきます。当時の風俗を描いた絵によれば、櫛と笄(こうがい)、簪の組み合わせが享保(1716~1735年)頃から見られるようになり、宝暦(1751~1764年)頃には前髪に簪を4本挿した姿も描かれています。その後、簪と櫛の枚数が変化しながら、衣装も豪勢になり、文化(1804~1817年)には、現在時代劇で演じられるような遊女の着姿に近づきます。 この頃になると、簪は前挿しに6本、後ろ挿しに8本用い、櫛は2枚または3枚飾り、鬢(びん)は鯨のひげで作られた細長い棒を入れて、張るようにして結い上げられています。その後、髷の形も横兵庫、丸髷、天神髷、島田髷などの種類が増え、長い簪を用いることも多くなりました。流行などにより、簪の前挿し・後ろ挿しの本数や櫛、笄との組み合わせは多様に変わりつつ、きらびやかな姿を演出します。

最盛期の花魁道中のいでたちは、櫛も簪も笄も大振りになり、簪は前後各8本ずつ、計16本も挿した様子が描かれています。ちなみに仕掛けとよばれる、打掛着は3枚重ね、本帯という重厚な帯を前で結んでいました。

花魁はファッションリーダー的存在で、着るもの、身に付けるもの、飾るもの全てがとてもゴージャスでした。その美しさ、華麗さを競って表現していたこと、また花魁につくパトロンの人数や実力を示したことなどにより、夢の世界を演出する存在であったようです。

花魁の用いたことから端を発するものは、花魁挿しの他にも、花魁下駄、芳町下駄などの履物や、ありんす言葉などがあります。

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